更新拒絶や解約申し入れの正当事由の考慮要素のひとつ「建替えの必要性」について【借地借家法】

令和7年10月、法務省から「借地借家法の更新拒絶等要件に関する調査研究報告書」が公表されました。

これは、借地借家法28条の建物賃貸人による更新拒絶の通知または解約申し入れに必要な「正当の事由」に関して、令和年間の裁判例を研究したものです。

正当事由に関する最新の判例動向の報告書といえます。

そのうちの「建替えの必要性」について、まとめてみます。

賃貸人が建物の老朽化や耐震性能の不十分さを理由として明け渡しを主張することは多く見られます。

背景事情として、大規模地震の経験と耐震基準の更新が挙げられます。1981年の新耐震基準の後の新築物件をみても、2025年となると築40年超の建物となります。

裁判例では、「建築物の耐震改修の促進に関する法律」(平成7年法律第123号)や耐震化に関する条例への言及から正当事由の具備を認めている事例があります。

十分な耐震性能が備わっていなければ、賃借人ばかりではなく、倒壊又は崩壊によって近隣にまで迷惑をかけることになるという観点まで指摘されています。

耐震性能に対する社会的な関心が高まっていることに加えて、地震等の大規模災害に対して耐震性能不足の建物の建替えが奨励されている現状からも、建物の耐震性能が正当事由を判断する際の重要な考慮要素の一つになっていると評価することができます。

なお、「地震時等に著しく危険な密集市街地」(住生活基本計画平成23年3月閣議決定)の整備改善が推進されていますが、令和3年度においても全国に約2220haがあり、令和12年度までにおおむね解消することが指標とされています。

もっとも、「耐震性能不足による建替え」という理由があれば直ちに正当事由が具備されるというわけではありません。

耐震性能に不足があるものの経済的に不合理とはいえない程度の費用で耐震補強工事をすれば耐震性能が補完できるというケース、建て替えの具体的な計画がないとされたケース、行政指導があり公共の利益の要請があった事案で立退料の提供額が不足していたケース、直ちに建替えの必要がなく立退料の申出がないまたは申出額が不足しているとされたケース、建築基準法に適合しないことが直ちに取壊しの必要性となるわけではないとされたケースなどが挙げられています。

137件の調査報告書の対象裁判例のうち、建替えの必要性を主張する事案は87件あり、このうち54件で正当事由の具備が認められていました。正当事由の具備が認められないとした裁判例の中には、立退料の申出額が少ないことを理由とするものがあり、立退料で正当事由が補完されれば、より多く正当事由の具備が認められることとなります。

明渡しを求めたい賃貸人としては、正当事由の具備が認められなかった事例の理由のような反論が賃借人からなされることを想定しておくほうが良いといえます。

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この記事を書いた人

喜多 啓公のアバター 喜多 啓公 弁護士

大阪弁護士会所属の弁護士。不動産オーナーや不動産会社の方からの相談を中心に、契約やトラブル解決をサポートしています。現場をよく知るために「賃貸不動産経営管理士」の資格も取得しました。2023年には自分の事務所を立ち上げ、家賃滞納の督促を弁護士がSMSで行うサービス「Send Legal」もスタート。現在は京都大学法科大学院の非常勤講師も務めながら、実務と教育の両面で活動しています。

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